星に願いを…

      〜カボチャ大王、寝てる間に…。V (セナBD作品)

                *一昨年のお話はこちら→、続編はこちら→
 

 
 さて、季節は冬の初め。今年もそれは豊かな収穫を領土のあちこちから報じられ、どうかお収めくださいと、税の他にも自慢の出来だったという、作物に畜産物、織物に小間物、様々に素晴らしい貢物の届いた王宮にも、そんなにぎやかな秋の終わりを告げる、この冬最初の白いものが空からちらほらと舞い降りたのが昨日のこと。まだ降り積もるというほどのそれではなかったものの、外気は尖って冷たいばかり。人々はこぞって厚着となり、もっと雪深くなる前にと雪籠もりへの準備に精を出し、ずんと早くに宵が迫れば、家族や恋人、大切な人たちと暖炉の前へ顔を揃えて、暖かく過ごす幸せを噛みしめる。

  “う〜〜〜、確かに寒いなぁ。”

 もうそんな季節の到来になったのかと、お仕事への手を止めて、窓の外、もう暗くなっているお空を見上げたのは、此処、ホワイトナイツ皇国の王城へ引き取られて2年とちょっとが経つ、瀬那という小さな少年で。琥珀色の大きな瞳に、ほんのりと甘い色合いのふわふかな黒髪。まだまだ幼い造作のお顔は、それは表情豊かで愛らしく。小柄で細い肢体もまた、まだまだ少年の域を出ない頼りなさの方が強い趣きではあれど。伸びやかで闊達で、動き惜しみをしない働き者でもあることから。お仕えしている王子の身の回りのお世話など、ちょこまかと駆け回ってこなしては、その殿下ご本人のお顔を和ませる役目までこなしているという案配で。そして、そんなセナがお仕えしている方というのが、

  ――― ホワイトナイツ皇国、
       シン王朝ショージ5世陛下の第二王子、
       進 清十郎殿下、という、素晴らしい御方。

 進という漢字名はセカンドネームということで。
(おいこら)それは豊かな国土と働き者で誠実な国民、忠義の臣下に恵まれて。勿論のこと、治める立場の王族の方々におかれても、その代々、義に厚く賢き、徳のある王を輩出し。永の歳月を盤石のまま、戦乱も起きず、周辺諸国の騒乱にも巻き込まれず、至って穏やかに時を紡いで来た王国なれど。近年になっての突然に、困った事態が出來(しゅったい)し。本来の嫡男であった第一王子が、どういう弾みでか懐疑の心を醜く育て、選りにも選って、第二王子へのあらぬ疑いを持つようになられた。根拠もないまま、自分に取って変わろうとしているに違いないと決めつけ、刺客まで立てる始末であり。これはもう限界であろうと蟄居させたが、それがますますの恨みを深めて、昨年の秋にはとんでもない事態が発生しもしたが。

  ――― その辺りの詳細は、
       限られた方々の胸の中に、そっと仕舞い込まれて極秘の内緒。

 第一王子は皇籍から解かれ、弟王子の清十郎様が正式な皇太子殿下となられたのが、この春のお話。それから早くも半年以上が経つのだなと、随分と遠くまでこの1年を振り返っていた少年だったが、
「…あ、はい。」
 彼の居た“控えの間”には何の物音も届かなかったのに。確かに“呼ばれてのお返事”を返すと、予備のタオルやスカーフをタンスへと片付け、ぱたた…と大急ぎで“呼ばれた”先へと向かう彼であり。もしも小間使いのお姉様がたが居合わせていらしたなら、いつもながら、一体どうやって“聞こえ”なさるんだろうかねぇと、精一杯に小首を傾げられたに違いない。

  ――― というのが。

 セナのお仕えしている清十郎殿下。瑕というほどのことでもないながら、少々困った性分をなさっておいでで。年の頃はまだ二十代に入ったばかりという、良くも悪くも揺れ動きやすき多感な世代である筈が。途轍もなく寡黙であられ、しかも表情も硬い。厳格にして気難しいとか、融通の利かない頑迷な方だとか、そうまで頑なな気性だという訳でもないのだが、余計な驕りや人へのおもねりだとか、誰ぞを窺って生きるような、依存心の強い男になるなという祖父様からの教えを忠実に守って、いつも胸を張っていられる強くて正しい人であらんとしたその後遺症。お勉強や体の鍛練に打ち込み過ぎたがために、感情というものを表へ出すことへ、ずんと縁遠い身となってしまわれて。別に短気であるとか気難しいとかいう身でもないというのに、慣れのない者からは怖がられてしまうのが常。そんな王子だというのに、どういう相性だというのやら、この小さな少年は、初めてお会いしたその時から、胸の内まで透かし見ているかの如く、王子のお気持ちを察することが出来。それどころか、今では、壁の向こうにおわすというのに、気配を察して“はぁい”とお返事出来るほど。………もっと真っ当な“進セナ”書こうよ、Morlin.さん。
(苦笑)

  「お呼びでしょうか。」

 控えの間から、軽やかな駆け足で向かったは。ドアを隔てたお隣りの間。といっても、途中に刳り貫きの仕切りや通廊も通ってというから結構な距離があったのに。その向こうにおわした殿下が自分をお呼びだと気づけた感応力は、もはや超能力の次元かも知れず。それ程までに強い意識でもって呼んだというなら、もしかして。それほどもの何かをしでかした少年であったのだろうかということか。というのが、

  「セナ。お前、この私に隠しごとを設けたな?」

 開口一番、そんなお言いようをなさる殿下であり。
「………え?」
 まずは何を仰せなのかが判らなくて。それと、大事な議会の場などならともかくも、普段の場でこうまでつけつけとお話しになるというのも珍しく。キョトンとしているばかりのセナを、しらを切っているものとでも思われたのか、
「しらばっくれても通らぬぞ? ここに来てからの2年と少し。その間ずっと、私に隠していたことがあろう。それも、お前についての大変重要なことをだ。」
「え? あの…?」
 あまりに唐突なお言いようを向けられて、セナは何が何やらと落ち着けない。いつもはとっても物静かで、過ぎるほどに寡黙な清十郎様が、こんなに矢継ぎ早に話されるというのもお珍しくて。そんなにもお怒りになられているのだろうかと思えば、ついのこととて身も竦む。もともと少々臆病というか、自信のなさから引っ込み思案なところのあったセナだったので。それは優しく接していただいていたからこそ、畏れ多くも王族の、しかも直系の御方の傍らという目映いばかりのお近くへ、寄ることも出来ていたという順番だった。そのご当人がこのように、これまでにはなかったほどにもご機嫌を損ねておいでとあっては、
「〜〜〜〜〜。」
 途端に…セナの小心さがあっと言う間に前面へ出ようというもの。抗弁なんて出来ましょうかと、ろくすっぽ身構えもせぬまま、小さな肩を怯えたように尚も小さく竦めてしまう彼であり、
「どうした。何か申し開きはないのか?」
 そんな居丈高な仰有りようであることにさえ、びくくっと肩が震える。罪科への覚えがあっての怯えではなく、重々しき威容に対する小さきものの防衛本能とでもいうのであろうか。こちらに非があってもなくても同じこと。力のある御方がご自身の道理の下に振るわれる、容赦のない鉄槌には抗いようがないからと、ついつい萎縮してしまうのは、もうもう仕様がないことで。とはいえ、

  “でも、清十郎様はそんな理不尽はなさらない筈だから…。”

 セナが怯んでしまったのは、そんな通り一遍の反応からのそれではなくて。それは真っ直ぐな清十郎殿下は、清廉にして潔白な気性気概をなさっておいでなところから、権力のある立場からの専横や無理強いもまた、常日頃からたいそう嫌悪なさっており。お怒りになったりするのは、きちんと道理の通ったことかどうかを精査なさった末のこと。だとすれば、今セナへと向けて、不快であるぞと声を低めておいでなのは、やはりセナの側に何かとんでもない落ち度があったからに違いなく。
“…ごめんなさいです。”
 こんな順番で、既に反省の段階に入っておいで。日頃のお優しい殿下であったなら、すぐにもそれへも気づいて下さったろうに。何かしらへのお怒りにより、そういう感度も鈍っておられるものなのか。鋭く尖った双眸の光といい、硬い表情は何ら変わらぬままであり。そんな殿下が、立っておいでのすぐ傍らの卓の上から、大きめのスカーフを取り払う。

  「これを。」

 見なさいということか。セナの視線が流れたそこに置かれてあったのは、蓋つきの大きめの籐のバスケット。あっと思ったセナには重々覚えのあるもので、
「それは、もしかしたらまもり姉ちゃ…姉からの…?」
「ああそうだ。まもり殿から昼過ぎに届けられたものだそうだが、お前にはこれが何なのか判るのだな?」
「えと…はい。」
 恐らくはきっと、姉のまもりの得意だったリンゴのパイか、干しブドウをいっぱい入れて焼いたパウンドケーキ。隣り村で暮らしていた頃に毎年焼いてくれた、お誕生日祝いの特別なお菓子。そんなまもりも貴族の貴公子様のところへと嫁いだためか、昨年のは高価なココアを練り込んだ、チョコレート風味のケーキを焼いて届けてくれたのだったっけ。そしてそれを、
“殿下と一緒にお茶の時間にいただいたんだった。”
 とっても美味しかったその上に、日頃は甘いものはあまりお口になさらない殿下だったものが、セナの姉の手作りだと聞いて、少しだけながら食べて下さって。美味しいと言ってくださったのがとっても嬉しかったことまで思い出したものの、

  「毎年のこの日、まもり殿がどうして菓子を焼くのか。
   そしてそれをわざわざ届けて下さるのか、お前は私には黙っておったな。」

  「…え?」

   あれ? えっと? それって…あのあの。

 これ以上のお怒りを煽ることが怖くてのこと。気づかぬうちに俯きかけていたお顔を、そろぉ〜っと持ち上げ、おずおずと見上げた殿下のお顔は、いつの間にやら…微かに目元を和らげて、小さく小さく微笑んでおられ。しかも、
「あ…。////////
 そのまま歩んで来られると、まだ少々堅く強ばっていた小さなセナの、子供のそれと大差無いほど小さな肩を包むように抱いて下さり。
「済まぬな。怖がらせてしまったようだ。」
 腕の中に見下ろした、小さな従者をいたわるように、打って変わった優しいお声で話しかけて下さって。

  “…ふわわ。////////

 男の人のいい匂いがする。充実した胸板や二の腕の感触が、冬用のしっかりした御召し物を間に挟んでさえ伝わって来て。屈強強靭な、されど、懐ろへと護りしものへは際限なくお優しい、そんな殿下ご自身そのままの有り様みたいで、
「ふや…。//////
 武骨な手で髪を撫でられると、もうもういけない。ご主人様のお膝に上げてもらった仔猫のように、全身がすぐさま“嬉しい”で一杯になる現金さ。
「だがの、怒っておったは本当だ。今日がお前の生まれた日だと、どうしてずっと黙っておった。」
「あ…えと、あの。////////
 ああそうかと、やっと気がついたと同時、セナはその頬を真っ赤に染めた。まだお若いのにも関わらず、それは頼もしいまでに人格の出来た落ち着いた方が、なのに小さなセナへと怒っておいでだった。妙な言い方になるけれど、セナだからこそ、丸きりの演技ではなかったと、本気の怒気あってのそれだったと判る。いつも傍らにいる可愛い子。自分の意を酌んでくれて、働き者で愛らしく。非力ながらもいつだって、殿下のためにとばかり頑張ってくれる愛しい子。清十郎殿下の側からだって、いつも憎からず思っているのに、そんな彼の生まれた日を、一番大切なそんな日を、ずっとずっと知らずにいただなんてと、情けなくも思われたことだろうし、教えてくれないセナのこと、ついつい…ほんのちょこっとほど、恨んでしまいもしたのだろう。それでと構えた意趣返し。怒っているのだ、判るか?と、ちょいと驚かしてみた殿下だったらしくって。

  「とはいえ、私がそれと知ったのは、つい先程、この籠を見たからでの。」

 すまぬな、何の祝い物も用意しておらぬ。明日にも一緒に街まで出て選びにゆこうと、仰せになられたのへと、小さなセナくん、ふりふりとかぶりを振って見せる。
「いいえ。そんな、畏れ多いこと。」
「…私からの祝いは要らぬか?」
 ああ、そうではなくてと。ますますのことかぶりを振った小さな少年が、目を回したかバランスを崩して胸元へ、ぽそんと飛び込んで来たその温もり。そぉっと抱きしめ直した殿下へと、

  「それと知らなかったと、ああまでご機嫌を害された。
   そうまで想われているというだけで、セナはとっても嬉しゅうございます。」

 頬が真っ赤なのは、目が回ったからじゃあなくて。やがてはこの国の舵取を任されようかという、皇太子でもあらせられる清十郎殿下。それに相応しい人格と人望をすでにお持ちの、それは素晴らしい御方で。そうまで素晴らしい方が、こんな小さな少年のことへ、ああまで感情を動かして下さるなどとは身にあまる光栄。こんな風に抱いてて下さることだって、あまりに暖かで、あまりに幸せで。幸せすぎて…夢のようで何だか怖い。いつ、パチンと目が覚めて、王子との出会いの晩まで時間が溯るのかと思うと怖い。そんなことをまで言い出すセナだったのへ、

  「………。」

 ああなんて、想いの尋が広い子かと、殿下の方こそ感嘆に堪えない。畏れ多いのはこちらだと、怯えさせぬよう壊さぬように、そぉっとそぉっとその聖なる御手を捧げ持ち、その白い指へ小さな口づけ、贈ってそれから。


  ――― では。今年の祝い物はあの星にしようぞ。

       え?


 殿下が視線で指したのは、窓から望むる尖塔の上。ひときわ煌々と輝く星を見やられてのこと。
「…なんて星なのでしょうか。」
「さて。今宵からはセナと呼ぶのだ、どうでもよかろう。」
「そ、そんなぁ〜。////////
 大それたことをお言いの殿下。困りつつもお口がほころぶ、そんなセナを見下ろして、殿下の方こそお幸せそうに。判る人の少ない、だが、間違いなくセナには伝わる笑顔で、暖かそうにほっこり笑って下さった。




   HAPPY BIRTHDAY! TO SENA!!







  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


「そうか、あの星がこれからはチビの星か。じゃあ落として届けてやろうか。」
「そういう意味じゃないと判っていように、嫌がらせはよしな。」
 出来ないことではないという、恐ろしい前提あってのやりとりをしている二人がおり。年長の相手から窘められて、ふんっと忌々しげに息をついたは、金髪痩躯のいつぞやの悪魔様。眺めていた水晶玉から離れると、クッションの利いたソファーへ寝そべり、暗黒鳥の羽毛を詰めた枕にお顔をぼそりと埋める。骨のような褪めた白を基調にした室内は広く、ソファーやテーブル、サイドボードなどという調度には、結構手の込んだ逸品が揃えられてもいて、
「機嫌が悪いのは、門前に来ている相棒のせいなんだろ?」
「さあな。あんな奴、相棒なんかじゃねぇよ。」
 ぷいっとそっぽを向く養い子へ、苦笑を向けたは、この魔界の蟲妖たちの長であり。
「何で揉めたかは知らないし訊く気もねぇが、ああやって門前に居座られると、ウチの女たちが落ち着かねぇんで困るんだがな。」
 どこまで本当に“困って”いるものか、そんな言いようを放ってやって。早く仲直りをしなよと促すが、

  「………。」

 一体どれほど機嫌を損ねているものか、抱えたクッションにお顔を隠し、聞こえない振り、通そうとする強情っ張り。どうやらこちらさんは、お星様の1つや2つくらいでは足りなさそうな気配です。





  〜Fine〜  06.12.21.


  *ああ、ぎりぎりで間に合った。
   今年はお部屋を作る余力がありませんで、ごめんなさいです。
   年賀状もこれからです。
   今年も押し詰まって参りましたね。
   皆様、風邪やらノロやらには重々お気をつけて、
   良いお年をお迎え下さいませ。(まだ早いって。)

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